剛ちゃん

　
一時期、アパートで一人住まいだった。
２０代後半、まだ若かった。
昼、仕事中はざわざわと回りに人がいて気がまぎれ、
気が付くと帰り時間。気が付くと３０才目前。
休日は友達と時を忘れて遊ぶ。
しかし、そうそう毎回遊ぶわけにもいかない。
勢い、決まりきった一週間をいたずらに重ねた。
さて、仕事が終わると昼間の喧騒はどこへやら。
うらさびしい冬の帰り道をとぼとぼ歩き、アパートに着く。
「お帰り」の声があるはずもないが、「ただいま」と言ってみた。
人気の無い暗い部屋で照明の紐を引っ張る。
一人の生活では、吉本新喜劇を見て笑っても不気味である。
屁をこいても、おもしろくもなんともない。
料理をすると鍋や茶碗を洗わなくてはいけないので、
食事も食パンを３・４枚口に放り込んで終わり。
食べるのも億劫。そもそも一人の食事は味気ないものだ。
少し横道にそれたが、「照明の紐を引っ張る瞬間」のわびしさは身に染みた。
田舎の母が一人住まいで「大声を出したくなるほど寂しい」と漏らす。
実感として理解できる。
神様は母が年老いて一人で過ごす寂しさを自分の痛みとして感じられる様に
あらかじめ自分に一人住まいの寂しさを体験させたのだ。
できる限り帰ってそばにいよう。
＜余談
母は「福岡には行かない」と言う。
お年寄りは生活をしてきた場所から離れる決断をしてくれない。